研究紹介
1.野生復帰
ブラジルやペルーのアマゾン地域では,保護したアマゾンマナティーを再び川へ放流する野生復帰事業を行なっています.
飼育,半野生の環境,アマゾン川へと3ステップで放流するソフトリリーシングを行います.
代表理事の菊池は,2007年から野生復帰事業に参加して行動研究を行っています.
アマゾンマナティーの保護の経緯は様々です.
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川岸で衰弱したマナティーを発見した人が研究所等に通報して保護
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マナティーを違法に飼育している人や施設からの保護
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マナティーを違法に売っている市場からの保護
アマゾン地域ではマナティーを食べるための密漁が行われています.
ブラジルでは『子供を連れた母マナティーの肉がおいしい』という迷信があって,お母さんを殺されてしまった赤ちゃんが保護されています.
また,ペルーでは観光客向けの施設でマナティーを違法に飼育していることがあります.
餌や環境が悪くて骨と皮にまで痩せて保護されたマナティーもいました.
ステップ1. 飼育


保護されたマナティーは研究所や保護施設で飼育されます.
ブラジルの国立アマゾン研究所では,母乳を研究してつくられたミルクで赤ちゃんに授乳して,離乳まで3年近く育てます.
ステップ2. 半野生の環境


保護した赤ちゃんが離乳したり,怪我をしたマナティーが元気になったら半野生の湖へと移動させます.
ブラジルの国立アマゾン研究所は,アマゾン川沿いの湖を利用しています.
野生に近いポイントは
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餌植物がたくさん生えている
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アマゾン地域に特有の雨期と乾期で川の水位が増減する
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魚やカメなど,他の生物も暮らしている
このような環境で,マナティーは自力で餌を食べたり,アマゾン川の水質や環境に慣れたり,川に戻るためのリハビリをします.
ステップ3. アマゾン川

半野生の湖では定期的な健康診断を行なっているので,健康なマナティーを選んでアマゾン川へと放流します.
そして放流後のマナティーを追跡調査することで,野生に適応したかどうかを確認します.
VHF発信機のついた尾びれ用ベルトを装着して追跡調査しています.放流して終わりではなく,放流後の追跡調査までが一連のプログラムです.
この追跡調査では,おおまかな移動経路と活動量をしらべています.
さらに詳しい行動を調べるため,私はバイオロギング研究をマナティーで行なっています.
2.バイオロギング研究
小さな記録装置(データロガー)を直接動物にくっつけて,行動や音などの詳細な情報を記録する研究方法です.
つまり,動物自身にありのままの行動を記録してもらうことができます.
私は,吸盤または尾びれのベルトを使ってアマゾンマナティーにデータロガーを装着します.
データロガーは浮力体で作ったケースに入っていて,外れたら水面に浮きます.
浮いている場所を見つけるために,VHF発信機を一緒につけています.
八木アンテナを使って発信機からの信号を受信し,データロガーを見つけて回収します.
放流後の活動割合や移動経路の構築,鳴き声や食べる音などを調べています.


授乳期間中のお母さんと子供は鳴き声でコミュニケーションをとると言われています.
過去の研究で「アマゾンマナティーの鳴き声には個体特性がある」と報告されました.
鳴き声は個体ごとに特徴があって違うということです.
私は,アマゾンマナティーの赤ちゃんが特定の相手の鳴き声を認識しているか調べています.
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赤ちゃんは特定の相手(お母さん等)の鳴き声がわかる?
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その鳴き声を記憶する?
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オスとメスで反応の違いはある?
2019年からはカメルーンのアフリカマナティーの鳴き声を調べています.
アフリカマナティーについてはほとんど研究がされていないので,これからたくさんの情報を得られると期待しています.
3.音で食べる行動を知る
マナティーは草食性です.
植物を噛んで食べるときにシャクシャクと音がなります.
この音を録音して摂餌(せつじ)行動を調べています.
野生復帰で放流するマナティーに録音機を装着して,いつ餌を食べているのか調べることができます.
摂餌のスタート時刻,頻度,時間帯などを詳しく調べています.
また,食べる音の違いで植物の種類や食べた量を調べようとしています.